ジャワ舞踊グループ Sanggar Pamungkas

インドネシアの秘宝といわれる優雅で美しいジャワ舞踊のグループです。

今月のサンガール・パムンカス―中部ジャワ地震復興支援のいろいろなかたち

先日日比谷公園で行われた「グローバル・フェスタ」では、数々のグループがジャワ中部地震の被災者を支援していることがわかりました。とても頼もしく感じました。

さて、文化方面から支援をサポートしようとしている人々やグループも数多くあります。そのひとつとして大阪方面で活動しているのが「プジョクスマン支援の会」です。プジョクスマンはジョグジャの古典舞踊の発展に大きな貢献を残したサスミントディプロ氏(ロモサス)の作った舞踊団の根拠地です。私のハワイの先輩達もロモサスに舞踊の手ほどきを受けました。もちろん日本にも大勢の生徒さんがいます。

5月の末に起こった地震でプジョクスマンは大きな被害を受けます。「プジョクスマン支援の会」は建物の復興、練習の再開等を総合的に支援しています。詳しいことはブログをご覧になってください。 

私のハワイの先輩の一人は1970年代、ロモサスに学んだ最初の外国人の一人ですが、彼もシンガポール、バンコクなどのアジア地区で積極的にチャリティー公演を行っています。地震によって建物は崩壊しましたが、プジョクスマンのスピリットは健在です。それどころか伝統舞踊を世界に紹介する機会になったのはすばらしいことだと思います。

ジャワの中でも文化復興の活動が多く始まっています。これはジャワの芸術家たちが率先して行っているもので、人々の心の傷を癒し、未来に対する不安を少しでも軽減し、文化を通して復興の意欲を持ってほしい、という望みからです。

中でもジョグジャとソロの間にあるクラテン地区(ここも大きな被害を受けた)の著名な音楽家が始めたプロジェクトは我々ガムラン関係者を驚かせました。現在イスラム暦では断食の月ですが、その前の月、ルワには村々でワヤンを行う、という伝統が根付いています。ワヤンとはジャワの影絵芝居で、ジャワの世界観、宗教観、道徳観が一番凝縮されている芸能です(詳しくは日本ワヤン協会のホームページhttp://www.kt.rim.or.jp/~banuwati/content.htmlを参照)。ところが今年は地震でワヤンどころではなくなってしまいました。しかもワヤンを上演するためには、ダラン(人形遣い)のほかに数十人の音楽家、ガムランの楽器、サウンドシステム等が必要です。そのほかにも多くの準備と、お金が必要なのはいうまでもありません。現状ではお金どころか、人手も足りません。インドネシアは物価が安い国ですが、それでも一回のワヤンを上演するには日本円にして最低でも30万円かかります(人気のあるダランですとその10倍、20倍、30倍もかかります!)。それでこの音楽家は、ボランティアで公演を行う音楽家とダラン(人形遣い)を集め、村々には食事やその他の用意を要請しました。そしてこつこつと募金活動も行った結果、一ヶ月で30回のワヤンをクラテン地域の村で行うことができたのです。

そのワヤンを見に行った人は、人々は日々の不安から一時はなれ、笑ったり泣いたり、地震後初めて人々が感情を表に出せたよい機会だったのではないか、と言っていました。

こういうところに文化先進国インドネシアの底力を強く感じます。支援が必要なのは彼らのはずなのに、私も彼らから勇気をもらった気がしました。
  1. 2006/10/02(月) 12:49:10|
  2. 今月のサンガールパムンカス(アーカイブス)

「今月のサンガール・パムンカス」アーカイブス「Sabarについて」

ジャワの価値観を形成する柱の一つに「sabar」というコンセプトがあります。日本語に翻訳すると「忍耐」となるのでしょうが、「忍耐」というと耐えしのぶような意味合いが強く感じられます。「sabar」はもう少し広い「平常心を保つ」、「他人に対する寛容性を持つ」、「機運が熟すのをひたすら待つ」、「あわてず、あせらず、確実に」などの意味合いを持ちます。日本人にとって頭の痛い部分をついているとともに、ジャワ舞踊を実践する者にとっては一番重要なコンセプトであることは言うまでもありません。

ジャワではあからさまに感情をむき出しにする人は人格を疑われてしまいます。つまり、自分の感情さえ統率できない人が、何を統率できるのだろうか、という考えです。人間の精神的成長の尺度は、その人が自分の感情や欲求をコントロールできるかどうかで判断されます。同時に喜怒哀楽に振り回される状態から逸脱していつも心を穏やかな状態に保つことを人生の目標に定めます。これはもちろん踊りにも当てはまることで、ジャワ舞踊の滞りのない動きを実践するにあたって、一番の敵は感情の起伏です。いくらテクニックを追い求めてみても、「心の荒波」はどうしても隠しきれません。ジャワの舞踊は「sabar」の追及に他ならないのです。

物事を習う場合には数多くの習得方がありますが、私はこれを大きく2つに分けて「動物的」と「植物的」な学び方に分けて説明します。「動物的」とは文字通り、アグレッシブにそして論理的に物事を習得するというやり方です。もちろん、テクニックの習得、観察力、分析力などは必要不可欠です。ただ、ジャワの踊りの場合(もしかしたら芸術一般に当てはまることかもしれませんが)、このような習得方に囚われると、頭でっかちな踊りになってしまう恐れがあります。また、評価を外に求めたり、他人と比較してしまう傾向に陥ることも問題です。つまり、心の中に確固たる自信や確信がないと、その不安感を外の評価と他人との比較によって解消し、結果的にその奴隷になってしまう、という悪循環が始まってしまうのです。もちろん他人の批判を受け入れる謙虚さの必要性は強調しきれませんが、他人に「うまい」といわれれば舞い上がり、「下手だ」といわれれば落ち込む、自己満足や傲慢と、自己卑下や敗北感のジェットコースターに乗っているような状態になってしまうと、踊りとは自分と向き合うことだ、という基本を忘れがちですし、平常心を失いがちです。

これと対極をなすのは「植物的」な学び方です。つまり植物が根ざして、水を吸い上げ、その水がいずれ植物を形成するような気の長い習得方法です。私がハワイにいたときはこれを地でいくようなライフスタイルでした。ジャワの踊りを学ぶには、ジャワの習慣や文化の根底に流れる哲学や美的感覚に日常的に触れ、それに体の芯にしみこませる、という考え方が徹底していました。日常的な習慣やエチケットはもちろんのこと、コンサートのときには手作りでお供え物や飾りを作ったり、コスチュームを修繕したり、スラマタンと呼ばれる儀式的な食事を作ったり、お祈りをしたり、正直言って非常に手間隙かかる「不便」なものでした。しかも当然ながらすぐには結果が出ません。正直「こんなことやっていて、踊りと何の関係があるのだろうか?」と疑ったことも何度もありました。このような生活を十年近く続けたわけですが、今考えるとジャワで暮らした年月に勝るとも劣らない貴重な体験でした。ジャワ風に言えば「sabar」、日本的に言えば「急がば回れ」を学ぶ場だったわけです。

ちなみに私が一番苦労したのは感情のコントロールでした。根が短気な上、感情の起伏がない、イコールつまらない人間だと思っていたところもあります。でも、芸術一般に当てはまることですが、自分自身の感情を穏やかにすればするほど、もっと深い次元の感情表現が可能になる、ということがだんだんわかってきました。

さて、この2つの習得方法をバランスよく取り込むことがとても重要だと思うのですが、どうしても後者が置き去りにされがちです。日本のライフスタイルはあまりにも殺伐としていて、悠長なことをしていたら、踊りの練習をする時間がなくなってしまうでしょう。しかも、結果が見えなければ納得できない、次のステップに進めない、という日本人としてもっともな考え方を皆持つので、達成感を感じられる体験を重ねることも重要です。しかし、論理性や利便性だけを追求して、全くコンテキストなしに踊りだけをジャワから持ってきても人工的なコピーに終わってしまう恐れがあります。しかもジャワ舞踊は肉体的以上に精神的な表現形態です。このジレンマは永遠に続くでしょう。

この「異国の地」での理想と現実のギャップを克服するには「sabar」を理解し実践することが重要となります。具体的には、自分がどのように踊りとかかわっていくかを長期的視野でみる、そして自分の人間としての成長と平行した場所に踊りを位置づける。毎日ジャワの文化に接することが不可能であれば、自分と向き合い、精神的弱さを克服するのもれっきとした踊りの訓練方法です。現在日本でもスローフードが脚光を浴びていますが、これと同じに、踊りもゆっくりと楽しんで食べ、十分に消化し、それが身と肉になるころには心と体と踊りのバランスが自然に取れていくでしょう。そして、気持を豊かに持ち、心にゆとりをもって生活すれば、いずれ時が熟せば人間としての魅力が踊りからもにじみ出るようになるでしょう。そんなすばらしい踊りを個人として、そしてグループとしていつか披露したいと考える今日この頃です。
  1. 2006/09/30(土) 00:36:11|
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