ジャワ中部で起こった地震は、新聞やテレビのニュースから消えてしまいました。日本のみならず世界各地で、天災や事故、事件が毎日のように起こっています。古いニュースが次々と消え去っていくのはしかたがないのかもしれません。緊急支援の段階で援助にかかわった人々、そしてさまざまな団体や個人に寄付をしてくださった方々の心温かいご支援に感謝いたします。
被災者たちが生活を取り戻すまではまだまだ長い時間がかかります。家を失った人々の多くは、再建するめどがたっていません。そのような状態で仕事を始めるのも簡単なことではありません。復興への長い長い道のりはまだまだ続きます。
また彼らを援助する側も、本当の意味での復興支援はこれからが本格的な段階に移ると考えています。以前にも少しお話いたしましたが、インドネシアの人々とジョグジャに在住する外国人たちが結束して「チャクラワラ・ラーニングラボラトリー」というNGOを設立し、長期的な支援活動を開始しました。彼らの活動の2つの柱は、被災した子供たちに対する精神的な支援、そして被害を受けた文化施設や被災した芸術家に対する支援です。大人たちは未来に向かって歩む努力をしていますが、その間子供たちの心は地震による大きなダメージを抱えたままです。自分たちの身に起こったこと、そして家やコミュニティー、普通の生活が破壊されたことを理解したり、受け入れたりできない状態です。彼らはまだ最初の一歩が踏み出せないでいるのです。
「チャクラワラ・ラーニングラボラトリー」は被災によって傷ついた子供たちの心の問題に対処することが復興の大きな一歩と考えています。
すでに実施が決まった支援活動を簡単にご紹介いたします。
被災した子供に対する支援
村での活動(6月26日−9月15日)
地元のコミュニティーと協力し合い、村での活動を行う(対象年齢は3歳から12歳)
最初の活動は心理学者などとともにPTSDに対処すること。子供一人一人の精神的な状態を把握し、段階的な活動(水や粘土に触れる、絵を描く、人形の製作、演劇など)を通して、子供の傷ついた心を癒していく。
小学校での活動(8月1日−10月30日)
絵や作文を通して、被災の体験を表現する。また地球は生き物であることをさまざまな実験や資料を通して学び、地震が発生するメカニズムを理解することによって、地震という現象に対処する。
小学校教諭対象セミナー(8月26日)
スピーカーに心理学者、地質学者、地元のリーダーなどを招き、PTSDへの対処、ジョグジャ地方の地質学、復興への協力体制などに関するセミナーを行う。300人の小学校教諭を対象に行う。
ジョグジャカルタ在住の芸術家や科学の教諭などによるプログラム
これには日本でもおなじみの舞踊家ディディ・ニニ・トウォ、音楽家ジャドゥック・フェリアント氏なども参加する予定。
その他のプログラムは次の機会にご紹介します。テレビや新聞のニュースから消えてしまっても彼らの生活は続いています。どうか募金にご協力いただき、長期的な目で復興を見守ってください。ご支援していただける方はメールでご連絡ください。集まった募金は責任を持ってジャワに届けます。ご協力よろしくお願いいたします。
- 2006/07/13(木) 20:12:59|
- ジャワ中部地震について
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ゴトン・ロヨン
中部ジャワ大地震の被害は多大でしたが、インドネシアの人々は打たれ強い人々です。過去数年間を見てもいろいろな事件や災害が起こっています。バリ島やジャカルタでのテロ、自然災害では、火山の噴火、各地での地震被害、極めつけはスマトラ沖地震と津波は記憶に新しいところです。彼らはこれらの試練に力強く、忍耐強く戦ってきました。
インドネシアで大事件や大災害が起こるごとに国際的な支援を受けますが、インドネシアの人もただ指をくわえて手助けを待っているだけではありません。自ら被災しながらも、もっと困窮した人々を援助している人々の話が伝わってきています。これこそインドネシアの相互扶助の精神「ゴトン・ロヨン」が災害時にも生きている証拠だと思います。
ジョグジャ在住のハリアンジョ夫婦は以前から積極的に社会事業にかかわってきました。小児麻痺の後遺症がある女性は差別を受けることがあり、仕事を探すことは簡単ではありません。ハリアンジョ夫妻はそのような女性が仕事に就けるための支援をしてきました。美容室などの小規模の起業を行う女性を金銭的に支援したり、ミシンを提供し、小さなグループでクッションカバーやテーブルクロス、バッグなどを作成し、市場で販売したりする活動をしています。
今回の地震の際にはジョグジャの自宅から被害の大きかったバントゥル、クラテン、イモギリ地区に毎日通い、政府やNGO、国際的支援の届かない辺鄙な場所に食料を運んでいます。地震発生直後から数日間はご飯を、被災地の人々が瓦礫をかき集め火を起こし自炊することが可能になると、穀物やその他の食品を届け続けています。
またジョグジャには多くの外国人が在住しています。彼らの多くもいち早く行動を始めています。ハリアンジョ夫婦のように緊急支援にかかわっている人もいますが、外国人ならではの長期的な視野を持って支援活動を始めつつある人もいます。
ガムランや踊り、美術など主に芸術関係にかかわっている外国人が多数いる中で、ジョーン・スエナガは私のハワイ大学での先輩です。彼女は70年代からガムランを学びはじめ、過去20数年間ジョグジャに在住していますが、その間さまざまな慈善事業を行ってきました。今回もいくつかの支援事業を行う計画を持っています。たとえば支援物資として被災者に支給されている食料はどうしても栄養が偏ってしまいます。毎日のようにカップラーメンのみを食べている被災者も数多くいます。しかしこれから復興の長い長い道のりを歩いていく人々には十分な栄養が必要となります。また栄養不足から感染症にかかるケースも出てきており、特に衛生状態も悪化する中、重要な問題になっています。ジョーン達はあまり被害のひどくない地域の農民たちと協力して野菜などを被災地に届ける計画を立てています。まだ経済活動が完全に復旧していない地域では野菜が売れれば非常に助かります。
またその他の長期的支援策として、子供の心のケアを考えています。ジョーンにも子供がいますが、地震後は精神的にかなり不安定になり、赤ちゃんがえりみたいな状態になっているそうです。私の踊りの先生の子供さんも余震が起きたり、夜になると怖がるなど、精神的ショックからまだ回復できていない、と心配する手紙が来ました。
大人たちが食料や生活必需品や寝る場所の確保、そして町や村、経済活動の復興に駆け回っているために、子供の心の傷を癒してあげるゆとりはありません。それでも親がいるならばまだしも、地震で親をなくしてしまった子供たちも数多くいるのです。
また文化活動の復旧も彼女の大きな目的のひとつです。当然ながら地震後は文化活動が滞っています。日本人のわれわれにはあまり重要とは思えないかもしれませんが、彼らにとって芸能や音楽、踊りは生活の一部であり、生きるエネルギーの源です。敗戦直後の沖縄では「かんから三味線」というアメリカ軍の缶詰の空き缶を使って即席の三線を作ったといいます。彼らにとっては食べることと同じくらい、音楽は大切だったのですね。インドネシアの人々も同様です。文化活動を復活させることこそ、真の意味での復興の第一歩なのです。
さて、われわれの活動ですが、現在は上述したハリアンジョ夫妻を個人的に支援しているメンバーもいますし、そのほか個人的な知人、先生などの被害を調べたり支援したりする活動を行っています。
それが一段落してきたので、長期的な支援に視野を移そうと思っています。いろいろな人の活動状況の報告を受けていますが、上に述べた子供の心の支援、文化活動の復興が長期的な視野からみて最重要課題と位置づけます。ただし、現地でこのような復興活動を支援している人々も自らの生活を立て直さなければならないし、それと平行して行っているので、なかなか時間がかかるようです。具体的な支援が決まりましたら、またご報告いたします。最後ですが、支援は金銭的なもののみではなく、そのほかにいろいろできることが見えてきました。それについてもまた次回お話したいと思います。
- 2006/06/20(火) 21:39:28|
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