今月は更新が少々遅れました。11日の鎌倉女子大での公演は無事に終わりました。雨の中いらしてくれた皆様、ありがとうございました。吹き抜けのスペースで、二階からもよく見え、聞こえたのではないか、と思います。やっぱり緑多く広々とした場所で踊るのは気持ちがよいものです。もっともっとこのような場所で演奏したり踊ったりする機会にめぐり合えることを祈っています。
さて、日本はだんだん寒くなってきましたが、インドネシアでは雨季が始まる時期です。インドネシアの雨季については何度か書いたことがありますが、体調を崩しやすい時期です。この季節の変わり目に亡くなる方も多いのです。
そんな中訃報が入ってきました。私の踊りの先生Pak Ngalimanは1999年に亡くなられましたが、その先生を支え続けてきた奥さんが、今月の初めにこの世を去られました。子供は7人、日本で言うなら肝っ玉母さんだろうが、そこはジャワの女性で、でしゃばらず、あくまでも物静かな人だった。
先生が亡くなられたとき、「ここの家を自分の家だと思って、いつでも来なさい」と、言ってくださったのがとてもうれしかった。そのお言葉に甘えるように、練習があれば場所を使わせてもらったり、子供をみてもらったり、ご飯を食べさせてもらったり、ずいぶんといろいろお世話になった。そんな好意に甘え放題で、何もお返しができなかった。でも今では先生と天国で再会しているのではないかな、とも思う。
先生の奥さんのことでしんみりしているときに、また訃報が届いた。今度は女性の先生Ibu Joko、宮廷舞踊、特にブドヨ、スリンピー、の第一人者だ。私はPak Ngaliman亡き後Ibu Jokoにも教えていただいていた。この二人の先生は宮廷舞踊、特に古いスタイルの宮廷舞踊を継承者している数少ない先生だった。
ひとつの時代が終わったという事実が、日本にいる私にも強く伝わってくる。悲しいけれど(特にIbu Jokoにはまだまだがんばってほしかった)、彼らが植えた種はあちらこちらで芽吹いている。そして私も踊るときには必ず、踊りを通して、彼らの存在、そして残してくれたものを感じる。それが今私にできる最大の恩返しかな、と思う。偉大な先生に恥じないよう、また日々精進です。

