「明けましておめでとうございます(1)」 2006年1月9日更新
皆様、明けましておめでとうございます。
最近子どもが日本各地で事件に巻き込まれ、社会に不安が広がっています。とうとう日本も豊かだけれど安心して暮らせない国になってしまいました。
しかも困ったことに、日本人の考え方には、人とかかわりたくない、厄介なことに巻き込まれたくない、という根強い思いがある反面、しかし安全は欲しい(特に自分の家族の)、社会が平和であって欲しい、というのは、あまりにも利己主義のような気がします。自分は関与、貢献したくはないが、周りの環境がよくなって欲しい、と言う一方的願いをいくら唱えたとしても、無駄なことは目に見えています。
では、ほかの国ではどんな知恵を駆使して子どもを守っているのでしょうか?個人主義のアメリカでも、インドネシアのように伝統的価値観が色濃く残る国においても、独特の知恵を駆使して犯罪、特に子どもをターゲットとした犯罪と戦っています。
アメリカでは些細なことでもすぐに警察に通報するという習慣があります。その時通報者には全く迷惑がかからないことが特徴です。騒音、夫婦喧嘩、家庭内暴力、交通事故、なんでもすぐに通報します。たとえば隣人の部屋からいつもと違う声や異常な音が聞こえてきたら、念のために通報します。その場合「結局なんでもなかったら、おとがめがあるかもしれないし、忙しい警察官にも迷惑をかける」などという心配は全く無用です。警察に一度電話をかけると、中途で切ってしまっても、電話番号から自宅を調べ、警察官が確認にやってきます。通報しようとしたものの、犯人に拘束されている可能性もあるからです。しかも通報後の対応が早いのも特徴です。アメリカ人は時間にルーズだと思いがちですが、警察官が駆けつける速さは日本の比較ではありません。家庭内暴力のような犯罪になるか、ならないか微妙なケースでも、警察官が第3者として状況を判断し解決する、というシステムが根づいています。
アメリカの警官というと暴力、汚職、そのような悪いイメージが日本では先行してしまっていますが、アメリカ人は自由な生活を謳歌するための前提条件として警察というシステムを受け入れ、警察官の指示には服従する(それによって治安が保たれる)、それが個人主義を尊重しながら治安をも維持するための知恵と理解しています。いうまでもないことですが、良識のある市民が警察官に逆らったり、暴言を吐く、などという行為は見たことがありません。なぜならそれは市民の安全を守るためのシステムを自らが壊すような行為だからです。
(続く)

