「インドネシアの子供の安全管理(2)」 2006年2月26日更新
アメリカにおける子どもの安全管理ですが、子どもが12歳になるまで親の責任となっています。子どもの学校の送り迎えをはじめ、12歳になるまでは完全に監督下におくことが義務付けられています。もちろん家に一人で留守番させたり、一人で買い物に出したり、たとえ保護者と一緒でも、買い物中に目を離したりする、という行為は言語道断で親失格というレッテルを即座に貼られてしまいます。日本ではスーパーマーケットのお菓子売り場に子どもたちが集まってお菓子を選んでいますが(その間に親は買い物ができる、というメリットもあります)、そんなことをアメリカで行うと即座に怒鳴られます。子どもを少しの間でも目を離すこと自体が考えられない行為なのです。言うまでもなく親は大変です。日本での子育てとは違った面で厳しい目で見られることになります。同時に親のストレスを軽減するためにスクールバスを使ったり、ベビーシッターを利用したり、さまざまな工夫がなされています。
さてインドネシアには全く違った知恵があります。正直、警察はあまりあてになりません。だからこそ、その代わり市民は自分たちの身を自分で守るシステムを持っています。その根底にあるのは、地域のネットワーク化を強化することによって、犯罪を抑止する、という考えです。
日中はお年寄りがその役目を引き受けます。忙しい国から来た私たちにとってはどうみても暇な老人が道端でタバコをふかしながら井戸端会議をしているにしか見えないのですが、彼らは住民の行き来を熟知しており、外から来た人を監視し、留守宅に注意をはらったり、必要とあれば道案内をしたり、メッセージを受け取ったり、そして子どもが遊んでいるのを遠巻きに見守ったりしています。無茶なことをする子どもがいると戒めたり、車が来たら注意をしたりします。
夜は地域で自警団を組織して自分たちの地域の安全を守ります。インドネシアの住宅地や村に行くと、自警団の人たちが夜集まるための見張小屋のようなものが点在しています。そこで男性たちが夜な夜な集まり、時間になると夜回りをしたり、不審者が侵入しないか監視するのです。
ジャワの女性は働き者で、子供を何人も育てながら仕事をしている人が多いのです。そのような人の助けにもなっているのはメスジッド(モスク)です。そこでは子ども達が集まって一緒に遊んだり、イスラム教を学ぶ時間が設けられています。いわば学童保育と宗教教育をミックスしたようなもので、年代のちがう子どもたちと交わったり、地域社会との接点を強化したり(それによって子どもの安全が確保される)、さまざまな活動を行う拠点となっています。ジャワのイスラム教化は著しいものがありますが、それもこのような日常生活を助ける活動をおこなっていることにも起因しているのかもしれません。
このようなきめ細かなシステムのおかげで、インドネシアの子どもたちは、昔の日本のようにのびのびと遊んでいます。しかし良いところばかりではありません。プライバシーなどとは言っていられないし、住民が自発的に率先して仕事をしなくてはなりませんし、そうする中で人との摩擦がたくさん起こります。私がインドネシアに住んでいた頃、私の家の隣に自警団用の小屋を建てることになり、外国人の私もいろいろ参加しなければならず、まったく迷惑なことと感じました。このようなプロジェクトには国や市町村から援助が出ることはありませんので、住民がお金を集めて、自分たちで建てます。建てたら建てたで維持は必要だし、毎晩住民が交代で詰めなくてはなくては、建てた意味がありません。
その当時はこのような伝統的社会のやり方が、古臭いし、正直煩わしく面倒くさい、という感想しかもてませんでした。アメリカのようなやり方も、全く正反対なインドネシアのようなやり方も、共通しているのは、やるとなったらお金も手間隙もかかる、ということです。最近の日本は、煩わしいけれども地域力を持つ伝統社会にも属さないし、アメリカのようにドライに犯罪に対応するシステムを持たないにもかかわらず、楽をして安全を手に入れようとしています。文明国家において安全は無償で与えられるものであればよいのですが、残念ながらこれは神話と化してしまいました。安全は誰かがくれるものではなく、自分の手で得なければならない、そのためには大きな代償を払わなければならないのです。
日本においてもさまざまな取り組みがなされていますが、子どもの安全を守ることが第一の目的であることは当然ながら、それ以上に重要なのは、安全管理のシステムが機能することによって、子ども達が温かいまなざしで見守られている、という安心感を持ちながら大人も子どもも日々生活できることではないか、と思います

