ジャワ舞踊グループ Sanggar Pamungkas

インドネシアの秘宝といわれる優雅で美しいジャワ舞踊のグループです。

ジャワ中部大地震−その後2(ゴトン・ロヨン)

ゴトン・ロヨン

中部ジャワ大地震の被害は多大でしたが、インドネシアの人々は打たれ強い人々です。過去数年間を見てもいろいろな事件や災害が起こっています。バリ島やジャカルタでのテロ、自然災害では、火山の噴火、各地での地震被害、極めつけはスマトラ沖地震と津波は記憶に新しいところです。彼らはこれらの試練に力強く、忍耐強く戦ってきました。

インドネシアで大事件や大災害が起こるごとに国際的な支援を受けますが、インドネシアの人もただ指をくわえて手助けを待っているだけではありません。自ら被災しながらも、もっと困窮した人々を援助している人々の話が伝わってきています。これこそインドネシアの相互扶助の精神「ゴトン・ロヨン」が災害時にも生きている証拠だと思います。

ジョグジャ在住のハリアンジョ夫婦は以前から積極的に社会事業にかかわってきました。小児麻痺の後遺症がある女性は差別を受けることがあり、仕事を探すことは簡単ではありません。ハリアンジョ夫妻はそのような女性が仕事に就けるための支援をしてきました。美容室などの小規模の起業を行う女性を金銭的に支援したり、ミシンを提供し、小さなグループでクッションカバーやテーブルクロス、バッグなどを作成し、市場で販売したりする活動をしています。

今回の地震の際にはジョグジャの自宅から被害の大きかったバントゥル、クラテン、イモギリ地区に毎日通い、政府やNGO、国際的支援の届かない辺鄙な場所に食料を運んでいます。地震発生直後から数日間はご飯を、被災地の人々が瓦礫をかき集め火を起こし自炊することが可能になると、穀物やその他の食品を届け続けています。

またジョグジャには多くの外国人が在住しています。彼らの多くもいち早く行動を始めています。ハリアンジョ夫婦のように緊急支援にかかわっている人もいますが、外国人ならではの長期的な視野を持って支援活動を始めつつある人もいます。

ガムランや踊り、美術など主に芸術関係にかかわっている外国人が多数いる中で、ジョーン・スエナガは私のハワイ大学での先輩です。彼女は70年代からガムランを学びはじめ、過去20数年間ジョグジャに在住していますが、その間さまざまな慈善事業を行ってきました。今回もいくつかの支援事業を行う計画を持っています。たとえば支援物資として被災者に支給されている食料はどうしても栄養が偏ってしまいます。毎日のようにカップラーメンのみを食べている被災者も数多くいます。しかしこれから復興の長い長い道のりを歩いていく人々には十分な栄養が必要となります。また栄養不足から感染症にかかるケースも出てきており、特に衛生状態も悪化する中、重要な問題になっています。ジョーン達はあまり被害のひどくない地域の農民たちと協力して野菜などを被災地に届ける計画を立てています。まだ経済活動が完全に復旧していない地域では野菜が売れれば非常に助かります。

またその他の長期的支援策として、子供の心のケアを考えています。ジョーンにも子供がいますが、地震後は精神的にかなり不安定になり、赤ちゃんがえりみたいな状態になっているそうです。私の踊りの先生の子供さんも余震が起きたり、夜になると怖がるなど、精神的ショックからまだ回復できていない、と心配する手紙が来ました。

大人たちが食料や生活必需品や寝る場所の確保、そして町や村、経済活動の復興に駆け回っているために、子供の心の傷を癒してあげるゆとりはありません。それでも親がいるならばまだしも、地震で親をなくしてしまった子供たちも数多くいるのです。

また文化活動の復旧も彼女の大きな目的のひとつです。当然ながら地震後は文化活動が滞っています。日本人のわれわれにはあまり重要とは思えないかもしれませんが、彼らにとって芸能や音楽、踊りは生活の一部であり、生きるエネルギーの源です。敗戦直後の沖縄では「かんから三味線」というアメリカ軍の缶詰の空き缶を使って即席の三線を作ったといいます。彼らにとっては食べることと同じくらい、音楽は大切だったのですね。インドネシアの人々も同様です。文化活動を復活させることこそ、真の意味での復興の第一歩なのです。

さて、われわれの活動ですが、現在は上述したハリアンジョ夫妻を個人的に支援しているメンバーもいますし、そのほか個人的な知人、先生などの被害を調べたり支援したりする活動を行っています。

それが一段落してきたので、長期的な支援に視野を移そうと思っています。いろいろな人の活動状況の報告を受けていますが、上に述べた子供の心の支援、文化活動の復興が長期的な視野からみて最重要課題と位置づけます。ただし、現地でこのような復興活動を支援している人々も自らの生活を立て直さなければならないし、それと平行して行っているので、なかなか時間がかかるようです。具体的な支援が決まりましたら、またご報告いたします。最後ですが、支援は金銭的なもののみではなく、そのほかにいろいろできることが見えてきました。それについてもまた次回お話したいと思います。


  1. 2006/06/20(火) 21:39:28|
  2. ジャワ中部地震について